東京高等裁判所 昭和48年(う)1941号 判決
被告人 宮下春香
〔抄 録〕
職権をもって、原判示第一の業務上過失傷害の事実について調査すると、なるほど、原判決挙示の証拠によれば、本件事故の外形的、客観的な態様については、原判決も判示するように被告人が原判示日時、原判示車両を運転して、国道八号線を新潟市方面から新潟県三条市方面に向かって進行中、原判示の場所において、自車を道路右側部分に進入させた結果、原判示のように川崎要平の運転する対向車両と衝突事故を起こしたものであることが明らかである。しかしながら、本件事故は、次に述べるように被告人が原判示車両を運転中、偶々てんかんの発作を生じ、これによる精神障害の影響下に発生せしめたものであることが窺われる。すなわち、当審において取調べた鑑定人中川泰彬作成の鑑定書、ならびに同人の当審公判廷における証言によれば、被告人はかねてから、屡々てんかんの発作を繰り返してきたが、その発作時には意識障害が出現し、見当識を失い、そして目的もなく、もがくように手を振りまわすという運動発作を伴なうもうろう状態に陥るが、数秒後にはこのような運動発作ともうろう状態は消失するのが通例であったこと、および精神医学上一般的に「不眠・過労・過食」はてんかん発作を誘発する重要な条件とされ、とくに被告人の場合は「入眠時」に右の発作を生じやすいという特徴があったところ、本件事故当日である昭和四六年六月二九日、被告人は前夜来、富山県氷見市から新潟県村上市まで約六時間にわたる自動車運転を強行したうえ、目的地である右村上市に到着後、わづか約三時間の睡眠をとっただけで再び帰途につき、さらに約二時間自動車を運転して原判示事故現場にさしかかった際、右のような睡眠不足と過労状態のため眠気を催し、それとともにてんかん発作を起こした結果、ハンドル操作が不可能となり、自車を道路右側部分に進入させるに至った疑いが濃厚であること、被告人が本件事故後、警察、検察庁の取調から、さらに原審ならびに当審の審理を通じて、事故の発生地点は、原判示事故現場よりも約三・五キロメートル手前の地点である旨主張しているのは、本件事故直前に起きたてんかん発作のため、意識障害を生じ、その結果、事故前数分間の記憶について逆行性健忘が存在したことによるもので、それは、本件事故当時てんかん発作のあったことを裏づける事情であることが認められる。したがって、被告人は、本件事故当時、意識障害のため、周囲の状況に応じて結果の発生を予見し、これを回避する行動をとることは不可能であって、心神喪失の状態にあったものとみるのが相当である。
本件事故当時、被告人が心神喪失の状態にあったことが窺われるにもかかわらず、有罪の言渡しをした原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実の誤認があり、到底破棄を免れない。
(三井 石崎 片岡)